2022年11月25日の日記:【くしば連に連絡】K先生に会いました

岡山駅西口周辺の景色 日記

昨日は大津だったので、今日は京都で時間を潰すことに。

もうすぐ東京に戻るし、せっかくなので母校でも見て行こうかということで。

その前にビックカメラでモバイルバッテリーを購入。

最近、電池の減りがヤバいので。

ビックカメラから母校へ向けて散歩中、ふと、昨日見た夢を思い出す。

高校時代の同級生のT氏と一緒に法務部で働いている夢を見た。

彼は法務部ではないはずだが、大学は法学部だったからね。

そういえば、帰省してから、高校時代の夢をよく見た気がする。

「気がする」というのは、起きた後はあまり覚えていないから。あくまで印象の話。

・・・とか考えながら歩いていたら、母校に到着。

ベビーカーの息子がグズりだしたので、母校の石畳兼駐車場で息子を開放。

駐車場端の高いところに登って遊ぶ息子。

停めてある車に触らないよう、地面に落ちないよう、息子を見張る父。

すると石畳の向こうから、一人の男性が。

これは高校時代にお世話になった倫理のK先生ではないか、いやまさかそんな偶然が、でも背の高さはピッタリ、でもこんなに髪の毛長くなかったし。。。

とか考えていると、「子供の世話ですか、たいへんですね。」と声が。

ああもうこの喋り方はそうだなと思い、

「K先生でしょうか。平成●年卒業【注1】の●●です。」と挨拶した。

その後は、「ああ、卒業生の方でしたか。」から始まり、

「そういえばそんな奴がいた気もしてきたぞ、目のあたりがなんとなく覚えている」【注2】

「そうか!お前がパパか!これから子育て頑張れよ。」

などなど、懐かしい口調に。

「俺ぐらいの年のヤツは、もう定年で辞めたヤツもたくさんいる。それから死んでしまったヤツもいるな・・・」

この独特の余韻を残す話し方は、K先生の真骨頂。

時事ネタの会話(つまり新型コロナウイルスの話)をしつつ、頭の中では

「お会いするのはもう今日が最後だろうな。」

ということしか浮かばなかった。

後悔したくなかったので、別れ際、勇気を出して

「折角なので写真を一緒に取っていただけないでしょうか」とお願いした。

「こんな汚いオッサンの顔でよければ」と、懐かしのK節で快諾いただいた。

息子も含めてスリーショットでパシャリと1枚。

ちょうど息子が遊んでいた辺りに停まっていた車がK先生の車だったので、お見送りしてお別れした。

K先生とお別れした後、京都散策を続ける。

息子は砂利で遊んだ後、鳩ウォッチング、亀ウォッチングに精を出す。

亀が動かないので、父に対し、「亀が寝ている」旨のジェスチャーを行う息子。

それに対し、「亀は起きている、動いていないだけ。」と口頭説明を行う父。

と、そのとき、亀が動いた。

日向ぼっこしていた亀が、ゆっくりと、だが力強く歩みだし、水にドボン!

その瞬間、大興奮する息子。

亀さんありがとう。

帰省当初から赤外線センサー搭載式の亀さんにちょうずを吐出していただいたり、今日も動く様子を見せていただいたり、今回の帰省では亀さんにお世話になりっぱなしだ。

お昼ご飯を食べてお店を出た瞬間、息子がベビーカーで寝始めたので、そのまま京都御所まで歩いていくことに。

が、途中で起きる息子。

だんだん「ベビーカーから降ろせ」の圧が高まる。

烏丸御池まで歩いてたどり着いたが、息子の機嫌はこれ以上もちそうになかったので、仕方なく、烏丸御池から丸太町まで地下鉄に乗るっ。

御所の奥深くまでは行かず、入り口で息子をベビーカーから降ろす。

息子が満足したところで、おうちに帰ることに。

もちろん帰りも、地下鉄に乗るっ。

いつもほとんど東西線しか乗らないので京都市営地下鉄は利用者が少ないイメージだったが、帰宅ラッシュ時の烏丸線は普通に満員なのね。

いろいろあったが、総じて良い一日だった。

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【注1】間違えて入学した年を言ってしまった。

【注2】授業してもらったのはもう約20年前なので、本当に思い出していただいたのか、アヤシイけど。。

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