最近、「私道の通行・掘削承諾書」を作成する機会がありました。
以前からその存在は承知していましたが、今回、ひな形を作成するにあたり、自分で色々調べましたので、諸々まとめておきます。
私道の通行・掘削承諾書でググると、不動産業界の方の解説によるウェブサイトが沢山出てきますが、「不動産業界の人ではない一般人」である私は実務経験が無いため、よく理解できない部分もあります。
そこで、今回、「そもそも、実務ではなぜこのような承諾書を取得しているのか」について、不動産業界の外の目から、推測で記載するとともに、素人目に見て「本当にこれでよいのか?」と問題提起させていただきます。
通行および掘削等の承諾に係る覚書(承諾書)のひな形
まずはとにかく、承諾書のひな形を掲載します。
Google上で出回っている承諾書のサンプルを色々と参照したうえで、筆者にて体裁を整えたものです。(差し入れ形式のものと覚書形式のものの両方がありましたので、覚書形式で作成しています。)
実務では、不動産の売主が、売却前に私道所有者から承諾書を取得したうえで、当該不動産を買主に譲渡するという形が一般的なようです。
通行および掘削等の承諾に係る覚書
○○○○(以下「甲」という。)および○○○○(以下「乙」という。)は後記表示の私道(以下「本件私道」という。)および乙所有の土地(以下「乙所有地」という。)について次のとおり合意したため、本覚書を締結します。
第1条(通行)
甲は乙または乙の関係者が本件私道を無償で通行すること(車両を含む)を承諾します。
第2条(敷設および採掘)
甲は次の事項を承諾します。
(1)乙が本件私道に上下水道管およびガス管等(以下「水道管等」という。)を敷設すること。
(2)本件私道への水道管等の敷設、修繕および交換等の工事のため、乙および乙が手配する工事業者等が本件私道を掘削すること。
第3条(承継)
乙が乙所有地を第三者に譲渡した場合、甲は当該第三者に対しても本覚書第1条および第2条の事項について承諾します。
2 甲が本件私道を第三者に譲渡した場合、甲は当該第三者に対しても本覚書の承諾事項を承継させます。
上記合意の証として本覚書2通を作成し、甲・乙署名押印のうえ各その1通を保有します。
以上
年 月 日
(本件私道の表示)●●市●●区●● 地番●●●番●●の土地
(乙所有地の表示)●●市●●区●● 地番●●●番●●の土地
甲: 住所 氏名
乙: 住所 氏名
通行および掘削等の承諾に係る覚書(承諾書)のポイントおよび背景事情(想像を含む)
Google上で出回っている承諾書のポイントおよび業界知識不足の私の想像を含む背景事情は次のとおりです。
1.通行について
ポイント
- 被承諾者(甲)および被承諾者の関係者が私道を通行することについて私道所有者(乙)の承諾を得ること
- 徒歩だけでなく車両通行についても私道所有者(乙)の承諾を得ること
- 上記2点の通行承諾は無償である旨を明記すること
背景事情
そもそもの話ですが、被承諾者(甲)にも私道の持分があるか否かで場合分けすべき問題のところ、この「承諾書」界隈では、特に場合分けされずに議論されているようです。
そして、特に通行で問題になるのは、被承諾者(甲)に私道の持分が無い場合で、私道所有者(乙)が所有権をタテに「通せんぼ」する事例を想定しているようです。
だって、被承諾者(甲)も私道持分がある場合、自らの持分に基づいて通行できるはずですからね。
(共有物の使用)
民法
第二百四十九条 各共有者は、共有物の全部について、その持分に応じた使用をすることができる。
ということで、被承諾者(甲)に私道の持分が無い場合、民法的には囲繞地通行権の話になりそうですが、おそらく、囲繞地通行権の話になると通行料でモメるので、事前に「無償」と謳った承諾書を取得しておく、という趣旨であると推測します。
車両の通行を明記しているのは、地役権の場合に車両の通行を認めるか否かで裁判例が割れているのを踏まえての対応であると推測します。
2.掘削等について
ポイント
- 被承諾者(甲)が承諾者の私道に各種配管を敷設することについて承諾を得ること
- 配管工事のため、被承諾者(甲)が手配する工事業者が私道を採掘することについて私道所有者(乙)の承諾を得ること
背景事情
法務省の「共有私道の保存・管理等に関する事例研究会」なる会議が発行したガイドラインに、興味深い記述がありました。
ライフライン事業者は,共有私道に設備を設置したり,私道内の設備を補修したりする場合には,共有私道の工事が民法上の共有物の保存,管理に関する事項,変更ないし処分のいずれに該当するかが必ずしも判然としないこともあり,私道所有者全員からの同意がなければ工事を実施しないのが原則である。そのため,私道所有者の一部が所在不明であれば,設備維持のために必要な工事を実施できず,住民の安全性の観点から望ましくない状態が生じている場合がある。
複数の者が所有する私道の工事において必要な所有者の同意に関する研究報告書 ~所有者不明私道への対応ガイドライン~
平成30年1月 共有私道の保存・管理等に関する事例研究会
なるほどと思う次第です。
要するに、実務上は一番安牌ということで共有物の変更に関する条文を適用していることから、各所有者全員の同意が必要ということです。
(共有物の変更)
民法
第二百五十一条 各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、共有物に変更を加えることができない。
東京都水道局のウェブサイトにも下記の記載があります。
私道の所有権をお持ちの全ての方から「私道内配水管布設承諾書」をいただくことが、工事着手の条件です。
http://www.waterworks.metro.tokyo.jp/kurashi/haisuikan-koji/tejun.html
東京都水道局 くらしと水道
3.権利義務の承継について
ポイント
- 被承諾者(甲)が自らの土地を第三者に譲渡した場合、私道所有者(乙)は本承諾書の内容につき当該第三者に対しても承諾する旨をあらかじめ誓約させること
- 私道所有者(乙)が私道を第三者に譲渡した場合、私道所有者(乙)は当該第三者に対して本承諾書の内容を遵守するよう義務付けること
背景事情
被承諾者(甲)および私道所有者の双方について売買等により所有権が移転した場合に、この承諾書の内容を移転先に引き継ぐという内容です。
言いたいことはわかりますが、ここが一番のツッコミどころです。
承継条項に対するツッコミ
たとえ承継条項が設けられていたとしても、この承諾書はあくまでも被承諾者(甲)と私道所有者(乙)間だけの債権的な関係でしかないため、被承諾者(甲)が買受人Xに対して土地を売却した場合、私道所有者(乙)は買受人Xに対しては当該承諾書の遵守義務を負っていないことになるハズです。
私道所有者(乙)が買受人Xに対して直接義務を負っていない以上、買受人Xから私道所有者(乙)に対して是正請求を行うことはできないと考えます。
買受人Xができる唯一の方法としては、被承諾者(甲)と買受人Xとの土地売買契約の特約条項として、
- 被承諾者(甲)は私道所有者(乙)および私道所有者(乙)の承継人に対して『●年●月●日付の通行および掘削等の承諾に係る覚書』の内容を遵守させるものとする。
- 被承諾者(甲)は買受人Xに対し、私道所有者(乙)および私道所有者(乙)の承継人による当該覚書の義務違反について一切の法的責任を負う。
といった文言を盛り込み、実際に私道所有者(乙)が言うことを聞いてくれなかったときは被承諾者(甲)経由で是正していくしかないものと考えます。
ということで、あらかじめ承諾書を取得していたとしても、モメたときは相当苦労しそうです。
望ましい対処法
1.地役権の設定
一番キレイなやり方は、私道により便益を受ける土地全てを要役地とする地役権を設定することですね。
そうすれば、承役地の義務が物件化するので、要役地、承役地ともに承継があった場合でも、第三者に対抗できますね。
そもそも、こういう事例を見越しての地役権だと思うので、地役権を設定せずに、当事者間の債権的な「承諾書」で処理すること自体、民法が想定していないのかもしれません。
では何で地役権設定が流行らないのかというと、やはり物権の設定であるため、私道所有者(乙)の心理的な抵抗が強烈にあるのでしょうね。
被承諾者(甲)としても、何とか無料で承諾をもらいたいという心理がはたらくので、「ハンコ代払ってまで地役権設定を受けるぐらいなら、無料の承諾書で済まそう」という心理が働くのかもしれないですね。
2.マンションの「敷地権」みたいな取り扱いにするよう、法改正する
分譲地等の私道についても、マンションの「敷地権」みたいに、分離処分を禁止する法律ができたらいいのにと思いますね。
私が司法書士に受かったら、法案を起案したいですね。
それまでに法律ができているのがBestだと思いますが。