祖父の命日とSEIKOのダイバーズウォッチの所有権の帰趨に想いを馳せながらchiandchiを開封し、未来の幸せを祈る

POLYGON-PG02 (Silver/Black) 雑記
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2月11日は祖父(母の父)の命日です。お亡くなりになってから、ちょうど一年です。

日付はいつだったか失念してしまいましたが、生前最後に会ったのは亡くなる半年ぐらい前の帰国休暇の際、施設にお見舞いに行ったときですね。

その段階でかなりボケてらっしゃったので、正直言ってお葬式の際はショックは無かったです。

むしろ、お見舞いに行っておいてよかったなぁと心の底から思いました。

死んでから悔やんでも仕方ないですからね。

お通夜の後、私は祖父の棺桶のとなりでニンテンドースイッチのファイアーエムブレム 風花雪月をプレイし、沢山の死体を作っていました。

母は、祖父が生前気に入っていたネクタイを棺桶に入れました。

それを見た父が、「俺が死んだら、昔、俺がお前にあげた腕時計、棺桶に入れてくれ」と私に言いました。

(えっ、絶対嫌だ。)

父の手前、「絶対嫌だ」とは言えなかったので、適当に愛想笑いでごまかしましたが……

そう、私は高校生の頃、父が愛用していたセイコーのダイバーズウォッチを譲り受け、以来約20年にわたって愛用し続けているのです。

父は自分がダイバーズウォッチを息子に譲ったことを今でも後悔しているのだと思います。

でも当時円満な合意に基づき私が譲り受けたものだから、私としては絶対に父に返却したくない。

いや、返却じゃないですね。

私の認識では使用貸借契約ではなく贈与契約なので、所有権は私に移転しているハズです。

しかし父の認識ではここらへんの区別があいまいで、使用貸借契約的な考え方があるのでしょうね。

この点につき、私は頑なに贈与契約の成立を主張する所存です。

もちろん、父が大事にしていた時計だということはめっちゃ身に染みて認識していますので、私としても大事に大事に使っていました。

時計の型番は「6458-600B」です。

裏蓋の刻印されたシリアルナンバーと「これは俺が大学生の頃に買った」という父の証言から諸々照らし合わせると、この時計の製造時期は1984年4月頃です。

そういう、すごく歴史のある時計なので、大事に使っていました。

しかしながら、残念なことに、先日、時計が動かなくなりました。

最初、「ちょっと遅れてきたなー」と思っていたら、最後の方は秒針がフォートナイトのバーストアサルトライフルみたいな動き方(2秒ごとに、一気に2秒進む)になって、その後すぐ、止まりました。

たぶん、電池切れだと思うのです。

ただ、台湾で電池交換をしたくない。

万が一、お店の方がヘマして、本当に壊れてしまったら、悔やんでも悔やみきれない。

ということで、日本に帰るまで修理を待つことにしました。

以上が、今回私が新しくchiandchiの時計を購入した経緯です。

正直、昭和後期に作られたダイバーズウォッチと比較すると耐久性はないかもしれませんが、とにかく大事に使って、使えなくなるまで使い倒したいです。

日本に帰った後、めでたくダイバーズウォッチが直ったらchiandchiはどうしようかという悩みもありますが、そこは将来、私と同様、息子が父の腕時計を欲しがるかもしれないから、そのとき貸してあげよう。

そう、貸してあげよう。

つまり贈与契約ではなく使用貸借契約とし、契約書を作成したうえで、妻に息子の代理人になってもらおう。

1月30日に妻の妊婦検診に行きました。4D検診で胎児の成長を確認しました。

今回chiandchiの時計を買ったのは、無事、4D検診まで胎児が成長した記念でもあるのです。

どうか、無事生まれてきますように。

4D検診の翌日である1月31日に時計を発注しました。

1月31日は妻と交際を開始した記念日でもあるのです。

時計は2月9日に香港から届きましたが、折角なので祖父の命日である2月11日を開封日としました。

對了。

祖父が亡くなったもう半年ぐらい前に、祖母(父の母)も亡くなってます。

祖母が拗ねて枕元に立つと嫌なので、祖母についても簡単に言及しておきます。

祖母の死に関しては「怒りの死体着火事件」というネタがあるのですが、これはまたの機会に。

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