このエントリーは「裏 法務系 Advent Calendar 2020」の5日目の記事として投稿されたものです。
Shogo Matsumuraさんからバトンを受け取りました。
司法書士試験の試験科目である不動産登記法にも公開鍵暗号の話が出てきます。
私はまさにBさんのように
よく分かりませんが、分かりました。
という感じですので、じっくり勉強させていただきます。ありがとうございます。
さて、本日のテーマは安全保障輸出管理です。
メーカーとか商社とかの方は馴染みのある分野である一方、ITとか金融とかの方にとっては縁遠い内容かもしれません。ご容赦くださいませ。
記事のレベル感を掴んでいただくため、身バレしない程度に筆者の経歴を書いておきます。
- 過去の勤務先ではリスト規制非該当品の輸出がほとんどだが、ボチボチ規制品の輸出がある
- 工作機械みたいなガチの輸出管理はやったことがない
- 司法書士試験は午前の部・午後の部ともに基準点付近を行ったり来たり(つまりダメダメ)
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1.テーマ
契約審査で取引基本契約書をチェックしていると、稀に、安全保障輸出管理の条項が入っていませんか?
はぐれメタルぐらいの出現率(筆者統計による)ですが、たまに入っていますよね。
裁判管轄条項の3つ手前か4つ手前ぐらいが定位置というイメージです。
一般条項の一種であり、たいしてリスクもないので特に修正することはしないのですが、もし修正するとしたらどう修正するか、いやむしろ「取引基本契約書で定めるべき輸出管理条項をゼロから起案するとしたらどのような条項にするか?」という点について、今回検討してみたいと思います。
(1)前提条件
- 日本の会社A(メーカー)が日本の会社B(メーカーor商社)に貨物を販売し、日本の会社Bが海外の最終需要者Cに貨物を輸出するという一連の取引における、A(以下「売主」という。)とB(以下「買主」という。)との取引基本契約であるという前提で進めます。つまり、輸出を前提とした国内取引です。
- 米国再輸出規制(いわゆるEAR)については検討対象外とします。(筆者が詳しくないから。)域外適用はホント勘弁してほしい。
2.取引基本契約書でありがちな輸出管理条項
よく見かける条項はこちら。
第●条(安全保障輸出管理)
売主および買主は、本基本契約および個別契約の履行に際し、外国為替及び外国貿易法、輸出貿易管理令、外国為替令、その他関係法令(以下「外為法等」という。)を遵守する。
(1)本当に要るのか?
ハイ出ました、法令遵守条項。
この条項を売主から提示された買主としては、
「自社としては勿論法令違反をするつもりはないし、先方としても外為法を守ってもらえるに越したことは無いからこれでOK。修正不要。」
と思うでしょう。
ただ、これだといわゆる誠意協議条項と同様に「何となく輸出管理条項を作ってみました!」ぐらいのふわっとした感じがします。
上記のような、当たり障りもなく要件効果がはっきりしていない条項が本当に要るのか?
せっかく取引基本契約書に輸出管理条項を設けるなら、何かもう少し具体的な規定を定めることができないのか?というのが今回の出発点です。
(2)売主のレピュテーションリスク低減策の一環である可能性
売主が法令遵守条項を設けている意図として、次の2つの場合があるのではないかと考えています。
- 「何となく輸出管理条項を作ってみました!」という場合(前述のケース)
- 売主のレピュテーションリスク回避の観点から、何としても買主に外為法を遵守させたい場合
ここで、2つ目の場合について詳しく見てみましょう。
売主Aから購入した売買目的物が規制対象品である場合において、買主Bが当該売買目的物を海外の最終需要者Cに無許可で輸出した場合、外為法違反の法的責任は買主(=輸出者)であるBが負うことになります。
売主Aとしては無関係です。
しかし、例えば輸出者である買主Bが比較的小規模な企業であり、売主である貨物供給者のAが大企業であった場合、新聞報道等では「Aが販売した貨物が違法輸出された!」等の見出しが躍ることになります。
もちろん、無名の輸出者Bよりも、大企業Aをメインに据えて大々的に報道した方が、ニュースとしては盛り上がるからです。
みんな大好きYahoo!ニュースでも「Aが販売した貨物が違法輸出された!」との見出しでトップページに掲載され、ネトウヨさんの中傷コメントでお祭り騒ぎになります。
こうなると、もう外為法の法的責任云々の話ではありません。
(3)レピュテーションリスク低減策として用いる場合、他の方法との併用が必要
とはいうものの、いくら取引基本契約で「外為法を遵守してね」と定めておいたとしても、日々の個別売買で取引基本契約書を参照することはまずありませんので、買主に対する注意喚起策としては足りないのです。
そう、意味がないとは言いませんが、足りないのです。
この点、売主が恒常的にリスト規制品を販売しているか否かによって実務上の対応が異なるかと思いますが、売主が恒常的にリスト規制品を販売している企業である場合、リスト規制品に係る個別の売買契約において、次のような規定を設ける(または、個別契約の締結と同時に下記と同趣旨の誓約書を買主から取得する)といった対応をされているようです。
- 買主が売買目的物を輸出する場合、経済産業省の輸出許可を取得すること
- 買主は売買目的物を専らCにのみ輸出することし、C以外の第三者に対して輸出する場合、事前に売主の承諾を取得すること
以上、長々と検討しましたが、結局のところ、取引基本契約書に定めるべき輸出管理条項として、一般的な法令遵守条項でお茶を濁すのは、毒にも薬にもならないという印象です。
3.該非判定書の取扱いに関する条項
個人的に、取引基本契約書で輸出管理条項を定めるのであれば、一般的な法令遵守条項よりも、該非判定書の取扱いについてしっかり定めておきたいと考えています。
(1)該非判定書とは
該非判定書とは、ある貨物が輸出規制品として法令に定める仕様に該当するか否かを判定した書類です。
様式は任意です。
一般的に、貨物の製造者(今回の場合であれば売主)が販売先(買主)に対して交付します。
なお、ここでいう法令とは、輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令(以下「貨物等省令」という。)をいいます。
つまり、輸出規制品の仕様は貨物等省令により定められているのです。
(2)該非判定書の重要性
どうして該非判定書が重要なのでしょうか。
それは、売買目的物が輸出規制品に該当するか否かを確認できない限り、買主Bは規制品の無許可輸出というリスクを負っていることになるので、最終需要者Cに向けて輸出することができないからです。
この点、買主も売買目的物の仕様を熟知している場合(例:OEM取引)、買主自身で該非判定ができるため、売主から該非判定書を取得する必要はありません。
一方、買主が商社等であり売買目的物の仕様について熟知していない場合、売主に該非判定をしてもらうしかないので、該非判定書を取得することが必須となります。
今回は後者の「売主じゃないと該非判定ができない」という場合を想定して検討します。
4.ひな形案の作成および検討
というわけで、取引基本契約書で定めるべき安全保障輸出管理条項のひな形案を作成してみました。
(WordPressで書いているため、インデントを綺麗に揃えられないのはご容赦ください。)
第●条(安全保障輸出管理)
1.買主が売主に対し、個別契約の取引目的物(以下「売買目的物」という。)が輸出貿易管理令別表第一および外国為替令別表(以下「輸出貿易管理令別表第一等」という。)のいずれかの項目に該当するか否かの判定(以下「該非判定」という。)の実施を請求した場合、売主は買主に対し、当該売買目的物の仕様に応じて次の各号のいずれかの書面(以下「該非判定書」という。)を無償で速やかに交付する。
(1)売買目的物の名称、機能および用途から該非判定が必要であると売主が判断する場合
該非判定が必要と判断される輸出貿易管理令別表第一等の項目番号(以下「判定項番」という。)、当該判定項番に係る輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令(以下「貨物等省令」という。)の仕様に該当するか否かを確認するに足りる売買目的物の仕様および当該判定項番について売買目的物の仕様が貨物等省令の仕様に該当するか否かの判定結果を記載した書面
(2)売買目的物の名称、機能および用途から該非判定が必要でないと売主が判断する場合
売買目的物の仕様が輸出貿易管理令別表第一等の項目番号のうち第1項から第15項のいずれにも該当しない旨を記載した書面
2.前項の手続を経て発行された該非判定書の判定項番につき不足があると買主が判断する場合、買主は売主に対し、判定項番を指定したうえで追加の該非判定を実施するよう請求することができる。かかる請求があった場合、売主は買主から指定された判定項番について、前項の規定に従い速やかに該非判定書を交付する。
3.前2項の規定に基づき該非判定書の交付があった日以降に貨物等省令が改正された場合、買主は売主に対し、該非判定の再実施を請求することができる。当該請求があった場合における該非判定書の交付手続については前2項の規定を準用する。
ひな形案の作成にあたり検討したポイントは次のとおりです。
- 判定結果よりも判定根拠を教えてくれ問題
- 判定項番どうするの問題
- いつまでに判定するの問題
- 法改正どうするの問題
- 金取るのか問題
(1)判定結果よりも判定根拠を教えてくれ問題
買主にとって重要なのは該非判定結果そのものではなく、売主がなぜ「該当」or「非該当」と判断したかについての根拠である、という話です。
以下、個別契約で売買される売買目的物が「ポンプ」であるという設例で検討します。
ポンプは輸出貿易管理令別表第一の3(2)9項という判定項番で規制されているのです。
(※ポンプの判定項番は他にもあり闇が深いのですが、ここでは便宜上3(2)9項のみ検討することとします。)
したがって買主としては、3(2)9項のポンプ、すなわち貨物等省令第2条2項第九号の仕様に該当するポンプであるかどうかを知りたいわけです。
それではここで、貨物等省令第2条2項第九号の仕様(=条文)を見てみましょう。
九 二重以上のシールで軸封をしたポンプ若しくはシールレスポンプであって最高規定吐出し量が一時間につき〇・六立方メートルを超えるもの若しくは真空ポンプであって最高規定吐出し量が一時間につき五立方メートルを超えるもの又はこれらの部分品として設計されたケーシング、ケーシングライナー、インペラー、ローター若しくはジェットポンプノズルのうち、内容物と接触するすべての部分が次のいずれかに該当する材料で構成され、裏打ちされ、又は被覆されたもの
輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令 | e-Gov法令検索 (e-gov.go.jp)
イ ニッケル又はニッケルの含有量が全重量の四〇パーセントを超える合金
ロ ニッケルの含有量が全重量の二五パーセントを超え、かつ、クロムの含有量が全重量の二〇パーセントを超える合金
ハ ふっ素重合体
ニ ガラス
ホ 黒鉛又はカーボングラファイト
ヘ タンタル又はタンタル合金
ト チタン又はチタン合金
チ ジルコニウム又はジルコニウム合金
リ セラミック
ヌ フェロシリコン
ル ニオブ又はニオブ合金
上記の規定によると、ポンプが3(2)9項の規制品に該当するのは、「軸封の数」「吐出し量」「接触部の材質」という3つの要件を満たした場合です。
なので、買主としては「軸封の数」と「吐出し量」と「接触部の材質」の仕様を知りたいわけです。
そして3(2)9項のポンプの場合、これらの要件は全て「or」で繋がっているので、どれか一つの要件が非該当であることが確認できれば、このポンプが3(2)9項の規制に非該当であることを確認できるのです。
判定項番によっては、各要件が「or」で繋がっている場合もあるので注意が必要です。
ア.善き売主
この点を理解している売主であれば、たとえば
このポンプはシールの軸封が一重であるため、輸出貿易管理令別表第一の3(2)9項に該当しません。
という超スマートな該非判定書を出してくれます。
「軸封の数」の要件だけで非該当と判断できるので、「吐出し量」と「接触部の材質」について言及する必要が無いのです。
洗練された大人のやりとりです。
たまに、「軸封の数」だけで該非判定ができるにもかかわらず、「吐出し量」と「接触部の材質」についてもしつこく開示を求める買主さんがいらっしゃいますが、法務的には「かつ」と「または」の違いがわからない人ということになってしまいますし、売主の負担をむやみやたらに増やすだけですので、慎みましょう。
※ただし、毎年改正があるので、購入時期にお気を付けください。
イ.悪しき売主
一方、ダメな売主の該非判定書の例は次のとおりです。
- 「このポンプは輸出貿易管理令別表第一の3(2)9項に該当しません。」としか書いていない。
- 「このポンプは輸出貿易管理令別表第一のいずれの項にも該当しません。」としか書いていない。
ダメな理由は勿論、「なぜ非該当なのか」という根拠を買主側で確認できないからです。
ウ.法務屋さん的アプローチの罠
ここで、買主が純粋な法務屋さんであれば、
「買主側で貨物の仕様まで踏み込んでクソまじめに確認しなくても、判定内容に誤りがあった場合は売主が全責任を負う旨の条項とか、判定内容の正確性について売主に表明保証させる条項を設けておけばよいんじゃないの?」
って考える方がいらっしゃるかもしれません。
しかし、これは外為法のリスク管理として不十分です。
その理由は、仮に売主-買主間で該非判定書の正確性につき売主が責任を負う旨の合意があったとしても、当該該非判定書の不正確性により買主(=輸出者)が外為法違反(※)を犯した場合、外為法違反に関する責任は全て買主(=輸出者)が負うことになるからです。
(※)典型例:売主が該非判定を誤り、輸出規制品であるにもかかわらず「非該当」の該非判定書を発行。買主は当該該非判定書の内容に基づき規制品を無許可で海外に輸出したという事例。
外為法違反の場合、行政罰で「貨物の輸出禁止処分」とか、刑罰で「代表者の懲役刑」とかがあります。
該非判定の内容に誤りがあった場合には売主が全責任を負う旨の条項が定めてあったとしても、現実には、買主が輸出禁止処分を受けたことによる逸失利益を売主に請求するのは極めて難しいでしょう。
また、輸出管理で失敗して自社の社長が捕まってしまったら、補償も求償もクソもありません。
自社の社長逮捕のA級戦犯として、暗い暗い務め人ライフがあなたを待っているでしょう。
この点については、経産省の安全保障輸出管理の説明会資料のQ&Aにも記載されています。(一つ目のQ&Aですね。それだけ大事なポイントということでしょう。)
★違反事例:メーカーが非該当と判断しているのだから、許可なしで輸出していいのでは?
令和2年9月 経済産業省 安全保障貿易検査官室 「安全保障貿易管理について」スライド38枚目
・違反防止のポイント:輸出する全ての貨物等について、該非判定書及びその添付資料等の確認が必要。
・備考:輸出の責任は輸出者にあり、メーカーの判断を鵜呑みにせず、自身での再確認が必要。
繰り返しになりますが、該非判定書で最も確認すべきポイントは、判定結果それ自体ではなく、判定根拠となる仕様(=貨物等省令という法令の要件にあてはめるべき事実関係)です。
そして、上記の経産省の資料にも記載してあるとおりですが、輸出の責任は輸出者にあるのです。該非判定書を発行したメーカーが責任を負うのではないのです。
極端な話、接触部が全てニッケルで被覆された吐出量1m3/hのシールレスポンプ(=該当品)について、売主の該非判定書に
非該当です(`・ω・´)キリッ
と書いてあったとしても、買主は
ハイハイわかりました、ありがとうございます。
と言って、社内的には「該当品」として粛々と許可申請すればいいという話です。
該非判定自体は買主の責任でやり直せばよいのです。というか、やり直さないといけないのです。
したがって、買主が該非判定を実施するにあたって最も重要な情報は「貨物の仕様」であり、基本契約書の文言としては、
「買主の求めに応じ、売主は、該非判定に必要な売買目的物の仕様を提供する」
というポイントがおさえられた条項になっていることが望ましいと考え、上記のひな型案を作成してみました。
皆さま「ふーん」と思われるかもしれませんが。
ごくごく稀に、
当社製品の仕様は秘密情報だから、該非判定の根拠を開示できないです。
とおっしゃる企業がいるんですよ。
勘弁してくれ!!!!!
(2)判定項番どうするの問題
次の検討ポイントに移りましょう。
該非判定を実施する際の「判定項番の抽出作業」は、売主と買主との間の知識差・経験差により、お互い疑心暗鬼になりやすい、という話です。
ア.よくある事例(まだ疑心暗鬼には至っていないケース)
以下、個別契約で売買される売買目的物が「貯蔵容器」であるという設例で検討します。
貯蔵容器は輸出貿易管理令別表第一の3(2)2項という判定項番で規制されているのです。
(説明の便宜上、先ほどの設例でお世話になったポンプさんには退場していただきます。)
ここでいう貯蔵容器というのは、石油プラントや化学プラントで使用されるような、化学品等を貯蔵するようなタンクをイメージしています。
こういうのとか。
こういうのとか。
二 貯蔵容器であって、容量が〇・一立方メートルを超えるもののうち、内容物と接触するすべての部分が次のいずれかに該当する材料で構成され、裏打ちされ、又は被覆されたもの
輸出貿易管理令別表第一及び外国為替令別表の規定に基づき貨物又は技術を定める省令 | e-Gov法令検索 (e-gov.go.jp)
イ ニッケル又はニッケルの含有量が全重量の四〇パーセントを超える合金
ロ ニッケルの含有量が全重量の二五パーセントを超え、かつ、クロムの含有量が全重量の二〇パーセントを超える合金
ハ ふっ素重合体
ニ ガラス
ホ タンタル又はタンタル合金
ヘ チタン又はチタン合金
ト ジルコニウム又はジルコニウム合金
チ ニオブ又はニオブ合金
今回のケースでは、上記イラストの売買目的物が3(2)2項の貯蔵容器、すなわち貨物等省令第2条2項第二号の仕様に該当する貯蔵容器であるかどうかについて、該非判定を実施する必要があります。
石油系とか化学薬品系のタンクとかだと、耐腐食性を高めるため、接触部が特殊コーティングされている可能性があることから、上記の規制対象となる仕様に該当する場合があるためです。
もし、上記イラストの売買目的物を買った際に売主が作成した該非判定書の判定項番に3(2)2項が挙げられていなければ、売主に確認すべきです。
では、次のイラストが売買目的物の場合はどうでしょう。
3(2)2項で該非判定をやっておく必要はあるでしょうか。
今までのタンクとは、ちょっと毛並みが違う子が来ました。
しかし、貯蔵容器か否かでいうと、確かに貯蔵容器です。
しかも、おそらく灯油や軽油といった石油系の液体を貯蔵しておくような貯蔵容器です。(水の保管に用いることもあると思いますが。)
私はこの手のポリタンクを製造しているメーカーに勤務した経験はないですし、ポリタンクのメーカーに対して該非判定書を発行を依頼した経験もないので、ここからは想像の話になりますが。
おそらく、メーカーに対して
ポリタンクの該非判定書を発行してください。
とお願いすると、
この製品は輸出貿易管理令別表第一のいずれの項にも該当しません。
という該非判定書が出てくると思います。
もし、すごく丁寧なメーカーであれば、
この製品は輸出貿易管理令別表第一の3(2)2項に該当しません。
という丁寧な該非判定書を出してくれるかもしれませんが、おそらく少数派であると思います。(すみません、想像で書いています。)
メーカー側からすると
どう見ても素材が金属製じゃないから、常識的に考えて、3(2)2項なんて検討するに値しない。
という判断でしょう。
これ自体は合理的な思考回路です。
メーカーは自社製品の仕様について知見があるので、自社の知見水準に照らし常識の範囲内で判定対象外と判断した項番については、該非判定書で敢えて取り上げずに「非該当」と回答する傾向があるのです。
ただ、買主からすると
とはいうものの、貯蔵容器であることに変わりはないので、しっかり3(2)2項で判定してくれよ。
という話になりがちなのです。
これ自体も正しい思考回路です。
万が一誤りがあれば、外為法違反で自社の社長が懲役刑になるような話です。
法的リスクの回避を至上命題に掲げる法務担当者として、保守的な対応になるのも理解できます。
ひな形案の第二項は、このように下手をすると売主・買主間で疑心暗鬼が生まれそうなところについて、「判定対象項番を指定したうえで買主に追加の判定請求をする権利」を明記することで、双方にとって円滑なコミュニケーションを図ることを目的としています。
個人的には、この「判定対象項番を指定したうえで」という点がポイントであると考えています。
これを外すと、本当の疑心暗鬼になってしまいます。
イ.疑心暗鬼のケース
それではガチで疑心暗鬼なケースをご紹介します。
二つ目の設例としてご登場いただいた貯蔵容器にも退場いただき、今度は「産業用モーター(※)」を売買目的物とします。
(※)モーターと言っても、サーボモーターは本設例の対象から除外します。色々あるんですよ。
この「産業用モーター」について、売主から
この製品は輸出貿易管理令別表第一のいずれの項にも該当しません。
という該非判定書が買主の手元に届いたとします。
ここで、皆さんが買主の担当者だったら、どう思いますか?
不安になりませんか?
「産業用モーター」って機械設備だし、何かしらの判定項番が必要な気がしませんか?
実は、全ては貨物の仕様次第ですが、「産業用モーター」の場合、判定項番が一切存在しないケースが多いのです。
JETROのホームページには、下記の記載があります。
「産業用モーター」は輸出令別表に該当する項番がないためリスト規制対象外です。
JETRO 投資・貿易相談Q&A 輸出における安全保障貿易管理の規制品目・内容に対する該非の確認方法:日本
JETROのホームページでは「規制対象外です。」と言い切っており、それはそれで正直大丈夫かよと思うのですが、一般論としてはリスト規制対象外となる場合が多いのです。
繰り返しになりますが、全ては貨物の仕様次第ですので、「産業用モーター」で判定項番が存在するケースもあれば、リスト規制該当になるケースもあるはずです。該非判定を実施する場合、一般論で検討することなく、各貨物の仕様に基づいて個別に判断する必要があります。
JETROのホームページ他にも、例えば、日立産機システムさんの製品該非判定資料のホームページに掲載されている該非判定書(注:筆者は本記事を書くにあたって2020年1月20日付の判定書を参照しました。)を見ても、「対象外」(=輸出貿易管理令別表第一の1~15項の規制対象品目に無いもの)と記載されています。
ほら、何かしらの判定項番が必要な気がするけど、実際には判定項番が存在しないでしょ。
とは言うものの、特に事務屋で技術に詳しくない法務担当者としては、「何となく不安」という気持ちに陥るのも無理はありません。
(既述のとおり、該非判定書の内容について売主に表明保証させても、社長逮捕のリスクは低減できません。)
上記の該非判定書は日立産機システムさんという、いかにも輸出管理をしっかりやってそうな企業さんなので、該非判定書の内容を信じるとしても。
もし、売主が
外為法?何それ?おいしいの?
みたいな雰囲気を醸し出している会社だったら、怖くないですか?
買主側からすると、
「産業用モーターって何となく判定項番がありそうじゃないですか!もっとしっかり該非判定してください!」
って売主を詰めたくなりませんか?
個人的には、これが、最も残念な「疑心暗鬼」です。
ウ.疑心暗鬼はクソ問
疑心暗鬼になると、買主は、売主側で追加の判定項番を指定するよう求めてしまいます。
「何らかの判定項番がありそうなので、その項番を指定したうえで、判定結果を出してください。」と。
しかし、売主からすると、判定すべき項番は「本当にない」ので、何をしていいのか困ってしまいます。
この場合における売主の立場を、法学部のテスト例えてみましょう。
問.
甲は朝ご飯を食べて会社に行き、沢山仕事をしておうちに帰り、良く寝ました。
上記の甲の行為について、刑法のいずれの罪が成立しうるか論じなさい。
なお、いずれの罪が成立しうるかについて出題者は把握していないが、何らかの罪が成立しそうな気がするので、頑張って論じなさい。
どうですか。稀に見るクソ問でしょう。
このようなクソ事例で論じさせるなら、「殺人罪が成立するか論じなさい。」とか「窃盗罪が成立するか論じなさい。」とか(いずれも成立するわけないのですが)、せめて検討すべき罪については出題者の方で指定してくださいよという話になります。
ここで輸出管理の話に戻ると、この「検討すべき罪」の部分が、輸出管理では「判定項番」に相当するのです。
買主側ではどの項番について判定が不十分であると感じているのかを売主に伝えてもらわないと、売主側で適切な該非判定をすることができないのです。
ちょっと厳しい話かもしれませんが、刑法の構成要件は刑法の条文に書いてあるように、規制貨物の仕様(=構成要件)は貨物等省令の条文に書いてあるので、「この項番について判定をお願いします」というように判定項番を指定するところまでは、買主側に頑張ってもらいたいというのが個人的な意見です。
繰り返しになりますが、このクソ問疑心暗鬼を避けるため、ひな形案の第2項では「判定項番を指定したうえで」という文言を入れています。
(3)その他、ひな形案の作成にあたり検討したポイント
無駄話のし過ぎで字数がヤバくなりましたので、以下、駆け足で触れておきます。
ア.いつまでに判定するの問題
これは案件によると思うので、ひな形案では「速やかに」でお茶を濁しておきました。
スペックが一定のカタログ品の場合、個別契約ごとに売買目的物の仕様が変わることは無いので、個別契約締結前の段階で売主が該非判定結果を完了しているケースが多いのです。
この場合、「個別契約締結日から●日以内に該非判定書を交付する」といったような感じで定めても、特に問題ないと思ってます。
一方で、大型の設備機械等の場合、製品ごとに仕様が異なるので、個別契約締結の段階では規制品に該当するかどうかわからない、というケースもあります。(売買契約というより、設計製造請負契約のイメージですね。)
個別契約締結後、顧客の指定する仕様に従って設計していく過程で
こいつは規制品になってしまいますね!
と判明するのです。
ということで、「速やかに」でお茶を濁しておきました。該非判定書の交付日を指定したい場合、個別契約で指定してくださいという感じです。
イ.法改正どうするの問題
売買目的物が売主Aから買主Bに販売された後、買主Bが売買目的物を海外の最終需要者Cに輸出するまでの間に貨物等省令の改正があった場合にどうするのかという問題です。
貨物等省令は、結構な頻度で改正されます。
貨物等省令が変わるということは、輸出規制品か否かの基準が変わるということです。
つまり、昨日まで規制品でなかった売買目的物が、ある日突然、輸出規制品になる可能性があるということです。
だから、該非判定書の発行日付って、とーーっても大切です。
この点については、「買主側で、貨物等省令の改正に関する情報はチェックしておいてね。」という思想でひな形案を作っています。ひな形案の第3項ですね。
つまり、買主が貨物等省令の改正があったことに気づき、売主に対して再度依頼をした場合のみ、売主が該非判定書を再発行するというルールにしています。
売主側からすると、一度該非判定書を出した後に法改正があったとしても、買主から何か言われない限り、放置しておけばよいという建付けです。
買主が売買目的物をいつ輸出するかという話は、売主にとって知ったこっちゃない話ですし、そもそも外為法の遵守は買主の義務ですから、こんな感じの条項にしておくのが双方にとって公平かと思います。
法改正の履歴自体は経産省のホームページを常にチェックしておけば容易に把握できますので、
「買主、モノを輸出する商売をしているなら、それぐらいチェックしておけよ」
という話でもあります。
ウ.金取るのか問題
たまに
該非判定書の発行は有償です!
とおっしゃる売主がいます。
私の体感では、ポケモンGOの色違いのラプラスぐらいの出現率です。
ほとんどの売主は無償で発行してくれます。
有償とおっしゃる売主は過去に疑心暗鬼のクソ問を出題され、トラウマが残っているのでしょうか。
私としては「無償でやりましょうね」って確認しておきたいので、ひな形案でも「無償」と一言入れてみました。
6.ひな形案を作ってみたものの。。。
実際、筆者が買主の立場だったとして、私が起案した輸出管理条項のひな形が入った取引基本契約書が売主から提示されたら、まず身構えますね。
無駄に輸出管理条項が充実しているぞ。何か、罠があるんじゃないか。
って感じです。
いや、公平公正を狙って作った条項なんですけど。
多分、初見で見た人は皆さん、
「何やこれは?よくわからんから全文削除を申し入れよう。」
って対応するでしょうね。
そういう意味で、全く実用性のないひな形を作ってしまいました。
びわ湖の底よりも深く反省します。
以上、全然まとまりのない趣味100%の記事をお読みいただき、たいへんありがとうございました。
明日のAdvent Calendarは迷えるOLさんです。
7.おまけ
8月に書いたoneNDAの管轄条項に関する記事ですが、Twitterで誤りをご指摘いただいたにもかかわらず、その後ひたすら放置し続けるという悪行をはたらいておりました。
今回、アドベントカレンダーの記事を掲載するにあたり、ようやく訂正しました。
訂正後の計算によると、管轄の組み合わせは1,275通りになります。
(また間違ってたら、どなたかご指摘いただけると幸いです。)
記事中にも書いていますが、私のほかにも「本店所在地が東京じゃない企業の法務担当者」の皆さまの声を聴かせていただけると幸いです。
ついでに、当ブログの看板記事である「愛猫の輸出手続」も貼っておきます。
こちらは当ブログで唯一有益な記事です。